固体イオニクスとは

固体イオニクスとは

固体イオニクスとはあまり聞きなれない言葉かもしれません。固体中での電子が関与する様々な現象を用いて現在の社会は成り立っていると言えますが、こうした電子を基礎とした幅広いテクノロジー・研究の分野は一般に「エレクトロニクス」と呼ばれています。

それに対して、ある種の固体では電気伝導を「イオン」が担うことがあります。水溶液中で「イオン」が電気伝導を担うことはよく知られていることですが、固体中でも同様な現象がみられることがあります。このような固体中で「イオン」が関係して生じる伝導を始めとする様々な現象とその応用は「固体イオニクス」と呼ばれます。英語では、Solid State Ionicsと言われます。

             

固体中でありながら非常に速くイオンが運動する物質たち

固体イオニクスは、固体中でのイオン拡散を利用した2次電池やセンサーに用いる物質などの基礎的な物性から応用まで含めた物理学、化学、材料科学、デバイスなどの広い分野を指します。

             

固体であるにもかかわらず非常に高いイオン導電率を示す物質を物性物理学の分野では、「イオン伝導体」や「超イオン導電体 (Superionic conductor)」と呼ばれており、基礎的な実験・理論的研究が行われています。例えば、ヨウ化銀(α-AgI)はその代表的なものですが、200℃でのそのイオン導電率はバッテリーの電解質溶液としてもちいられている希硫酸(H2SO4水溶液)に匹敵します。

こうした固体イオニクスの研究は、古くは銀塩写真におけるヨウ化銀(α-AgI)の作用に始まり、最近のリチウムイオン2次電池、さらにはスイッチング・デバイスやエレクトロケミカル・アクチュエーターの研究など様々な応用研究へと広がっています。

             

固体イオニクス研究室での研究内容

固体イオニクス研究室ではこれらの物質(超イオン導電体)の物性を核磁気共鳴測定、電気伝導度測定、超音波測定などの実験的手法により研究しています。 特に、核磁気共鳴法(NMR; Nuclear Magnetic Resonance method)を主に用いて、原子核のエネルギー状態の変化(緩和現象)を観測することで、ミクロな観点からリチウムイオンを始めとする様々なイオンの運動の状態、電子状態、配位状態などについて研究しています。

以下で述べるように、例えばコバルト酸リチウムという酸化物中でLi+イオンが運動(拡散)するということが、2次電池として機能するために最も必要なことであり、その本質的な様子を如何に知るのか、ということが重要です。

現在リチウムイオン2次電池の正極材料となるリチウム遷移金属酸化物中のリチウムイオンの運動状態や結晶構造、高分子材料におけるプロトン伝導について、主に広帯域NMRや固体高分解能NMRを用いて、イオンの緩和状態を調べることで、イオンのダイナミクスや局所構造との関係などについて研究しています。また、自作のNMR装置による新しいNMR測定法の開発などにも取り組んでいます。 広帯域NMR測定については、本学のとくしま産学官連携研究拠点の7T広帯域NMR装置を用いて、5Kから700Kまでの低温から高温までの広い温度域でのNMR測定を可能にしています。 固体高分解能NMR測定については他大学との共同研究を積極的に行っています。
現在の研究テーマなど

固体イオニクスの応用や研究の例

このような超イオン伝導体は、最近では省エネルギーや再生可能エネルギーなどへの応用面から注目されています。いくつかの例を以下で見ていきます。 一つには、身近な例として、充電可能なイオン2次電池の電極・電解質材料が挙げられます。二つ目には、最近特に注目されている配位高分子の運動性を利用した新しい材料の創出があります。

○リチウムイオン2次電池

特に、リチウムイオンがある種の固体中を運動することを利用したリチウムイオン2次電池は携帯電話、スマートフォン、ノートパソコンなどに用いられていることからも身近なものになっています。また、プロトンが固体中を動くプロトン伝導体は今話題の燃料電池車の電源にも用いられています。
1990年代に実用化されたリチウムイオン2次電池は、コバルト酸リチウム(LiCoO2)を正極に、負極には層状炭素材を用いて作られました。充電過程ではLi+イオンは正極から負極側に移動します。実際にLi+イオンは正極のコバルト酸リチウム結晶から飛び出し、水溶液電解質の中を遊泳し、負極の炭素にたどり着き、その層間内へ入り込みます。小さなLi+イオンにとってはわずか数mmほどの距離ですが大変な旅をしたことになります。
正極での様子を化学反応式で書くとこうなります。
LiCoO2 ---> Li1-xCoO2 + xLi+ + xe-
一方の負極では、正極からやってきたLi+イオンと回路を通ってやってきた電子(e-)を受け入れて、炭素層間に取り込みます。反応式は次のようになります。
xLi+ + 6C + xe- ---> C6Lix
放電過程、つまり電池として使う場合はこの逆の反応が起こります。Li+イオンは負極から正極へと戻りますが、私たちはこのとき回路を流れる電気(電子)を使っています。


下の図は正極に用いられているコバルト酸リチウムの結晶構造ですが、赤丸で示されるリチウムイオン(Li+イオン)が青いブロックで示されるCoO6八面体ブロック(青いブロックの各頂点にはO、ブロックの中にCoがあります)で挟まれた構造をとり、リチウムイオンはCoO6八面体ブロックの作る2次元面内を拡散します。
我々はこうした固体材料内でのイオンの運動状態と結晶構造の関係について明らかにするために、結晶構造に”乱れ”を作ることで、人為的にイオンの運動状態を変化させたり、イオン運動そのものを創り出すなどの研究を行っています。



○配位高分子内における分子の運動を利用した新たな機能発現

配位結合を利用して金属イオンと有機物から自己集合で組み上がる配位高分子は、結晶性の固体材料です。その結合力は共有結合やイオン結合よりは弱く、水素結合やファンデルワールス力のような分子間力よりは、一般的に強いです。近年、それら配位高分子の配位子は、くるくると高速回転をしていることが明らかになり、またその回転を利用した新たな物性(プロトンなどのイオン伝導や気体分子の分離・貯蔵など)の開拓を進められています。

我々は、それら配位高分子の内部に潜む「分子の運動」に注目して研究を進めています。具体的に、X線や核磁気共鳴を用いた構造・運動解析を行うことで、運動を分子レベルで調べています。そして、配位高分子が持つ結晶骨格の膨張/収縮性を活用することで、分子回転の精密制御に成功しています。また回転制御により、二酸化炭素やメタンを結晶内に閉じ込めることにも成功しており、新たな気体分子貯蔵法として期待されています。

             

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